悲しい事件、確かに多いですね。

 いつからこうなったのか。

 聖書はアダムとエバ(最初に造られた人たち)から罪が入った、キリストは全人類の罪のために十字架にかかった、っていってます。

 人には、罪を罪と自覚してるか、してないかだけで、誰にでも罪はあるのです。

 ここで聖書の言う罪とは具体的に何か、いつものように聖書のことばを引用して書きます。

 肉の行ない(罪)は明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、
偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。
ガラテヤ人への手紙5章19,20節

 

 ・・・どれも当てはまらない人って、多分いないと思います。一見、何の悪いことでもなさそうな偶像礼拝までもが、キリスト教の「神様」の前では罪なのです。

 
 何千年もの昔から戦争や強盗や殺人、冤罪はあったのです。

 だからこれからも、そういった悲しい事件は絶えないと思います。残念ですが・・・。

 私も昔、いじめで自殺した事件があったとき、どうすればいじめがなくなるか、色々考えたことあります。

 いじめに限らず、中絶とか、どうすれば減らせるんだろうと。

 結論は多分、出ていないままだけど、今の私に出来ることは、自分の子をはじめ地域の子にも優しくしたり、親しみを持って接することだと思う。(挨拶は苦手な方なんだけど。)それと、この日記で時には訴えかけること!(あまり強くいえないけど。)

 
 さて、話題を変えて秋の話。

 私は1年を通してわりとダラダラしているほうだけど、11月は年賀状の作成を頑張って、12月は大掃除を頑張ってます。(って、12月は冬じゃん!)

   

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